トイレトレーニングに思う

排泄って文化によって違う。

時代によっても変わってきた。

 

 

昔の人々はどうしていたのだろう。

今のように便利でなかった時代は?

 

 

トイレトレーニングなんて言葉が

存在しなかった時代は?

 

 

今はいきなり

トレーニングが

始まってるような気がする。

 

 

生まれて何年か、

ずっとおむつで

大小をするようにしつけられてきて、

ある一定の月齢になってからいきなり、

 

 

 

はい、おむつにしちゃだめ、

という感じなのかもしれない。

子ども的視点からみるとね。

 

 

 

そりゃすぐには難しいかもしれない。

 

でも私たちは、

これくらいの月齢になったら

分かるだろうって思ううんだけど、

難しいのだと思う。

 

 

 

身体も気持ちも

それにしっかり

慣らされてきてるんだから。

 

 

 


そこに意識を向ける、

というのは大切なことだと思う。

 

 

 

たとえば排泄の自立についても、

日ごろから私たちが、

子どもたちの排泄に目を向ける、

意識を向ける。

声をかける。

 

 

 


それによって、

子ども自身も、

同じように自分の排泄に目を向ける、

意識を向けることができるのかなと思う。

 

 

 

それは数ヶ月の赤ちゃんにもできるようだ。

 

 

 

ここでおしっこしたら気持ちいいよ、

 

と私たちがそちらに、

子どもたちの排泄に、

意識を向けること、

 

これは生まれて間もない

子どもにもできること。

 

 

 

私たちが生まれて間もない子どもに

いろんな言葉を投げかけるのと同じように、

 

排泄という一つのコミュニケーションも

大事にしたいと思う。

 

 

 

 


そこに私たちの意識をもつこと。

 

排泄っていうのがある。

それは生まれてすぐからでも

コミュニケーションできる。

 

 

 

それを知っているのと知らないのとでは、

大きく違ってくるような気がする。

 

 

 

それは強いるのではなくって、

もともと赤ちゃんが知ってること。

 

 

もし赤ちゃんが忘れてたら、

色々とやりとりしながら

思い出してもらおう。

 

 

 

 

何でそんな話になったかというと、

そうそう。

 

最近うちの息子一歳半なんだが、

朝一でトイレに連れて行くと

ながーいおしっこをするようになった。

 

 

そして、

ことあるごとに、

おしっこはここでしようね。

と、トイレやおまるに誘う。

 

 

まあ、先に言うことはまだ無いけど、

事後報告をするようになった。

おしっこやうんちをしたら、

訴えてくれるようになった。

 

 

 

 

もともとあるものを

取り戻してるのかなあという感じ。

 

そうそう、

これ気持ち悪かったな、

ママもそういってるし。

みたいな感じ。

 


でもやっぱり、

忙しすぎると後回しになりますね。

 

この手のコミュニケーションは。

 

 

そして、便利なものがあっても。

 

紙おむつをすると、

 

感覚が麻痺します。

 

まあいっか。

 

という感じに。

 

布おむつだと、おしっこ一回してぬれてたら、

早く変えてあげなくちゃ、と思います。

 

 

でも紙だったらまあいっか、

になってしまう。

同じおむつなのにこの違い。

 

 

 

コミュニケーションに

大きな差が出ます。

 

 

 


トイレトレーニング、

というとストレスフルなイベントになりますが、

生まれたときから、

排泄にまつわるコミュニケーションをとっていく、

そんな風な意識を持っていると、

それほど躍起になることはないと思います。

 

 

連続しているイメージですね。

境目がないというか。

 

 

 

そして、排泄の自立が早いというのは、

最初からそこを目指すんではなくって、

そうやってコミュニケーションとって

一歩ずつやってたら、結果、

たまたま、そうなる、

という感じかなとおもいます。

 

 

 


最近ECって言葉をよく耳にします。

 

排泄のコミュニケーション。

 

もしかしたら少し前までは

当たり前のことだったのかもしれません。

 

でも昔と今では様々な状況が

変わってきています。

 

 

だから今は今で

新しい文化を創って行っているのだと思います。

 

 

排泄コミュニケーションの新しい文化。

 

みんな気づき始めてるんだと思う。

 

 

意識を向けて(漂わせて)

コミュニケーションすることの意味。

【過去記事】